(掌編小説)メール・フォリア

「メール・フォリア」        

                              乃村寧音 (チアーヌ)





(ずっと、メールの夢ばかり見ていた)






メール


メール大臣


反メール


メール子



にわかには信じがたいことかもしれないが、育児の最中に、自宅の電話線を抜いている主婦は多い。同時に彼女たちは、インターホンのスイッチも切っておく。これはなぜかというと、子供の昼寝の時間帯に大きな信号音が鳴り子供が目を覚ますことを警戒してのことである。だから、子供を持つ主婦同士は、お互いの事情を汲んでいて、昼間にいきなり電話をかけたりはしない。そこで登場するのがメールである。メールは


メール菜


(仮)メール


メールごはん







メール憲法


トーマス・ウェストランド・メール卿


だからそういうことではなく、そのメール何が書いてあったのか、それだけが問題なのである。そのメールの提出をもしも拒むということであれば、極刑もやむえない。まぁ、それもよかろう。アーネットが斧を磨き明日の用意をしているようだ。今夜のうちに良く考え、メールをプリントアウトしたまえ。明日の朝、一番鳥が鳴くまでにメールが用意できなければ、お前は断頭台の露となるだろう。



メール症


メール師


メール漁


非メール


メール伝説


そのメールのために一体何人の人間が苦しんだことか。しかし僕はどうしてもそのメールを手に入れずにはいられない。青白いパソコンの画面に神々しく立ち上がるそのメールは、手に入れたものだけが読むことができ、けしてプリントアウトできない。ダウンロードを重ね、ウィルスにやられ、一体何台のパソコンを無駄にしたことか。このメールが隠されているという噂を聞き、何度糞みたいなゲームをクリアしたことか。しかし答えはそこにはなかった、そのメールは、海外のサイトまで行かずとも、身近な場所に隠れていたのだ。メーテルリンクの青い鳥を覚えているかい?僕は、僕は、なんて無駄なことをしていたのだろう。幸せはこんなに身近にあったのだ。ああ、メールが点滅している、まもなく消えるのだろうか。どうしてなのだろう、涙が止まらない。


メールのお話は、一旦、おしまい。



そして。

また別の話。だよ。
はじまり、はじまり。



1・ メール子

 俄かには信じられないことかもしれないけれど、乳児を育児中の主婦というのは、自宅の電話線を抜いている場合が多い。こどもが昼寝をしている最中に、うるさいコール音が鳴ったりすると、何もかもが台無しになってしまうし、自分のシアワセな昼寝時間も削られてしまうからだ。
 特に、乳児を育児中の主婦は、こどもの夜泣きに付き合ったりもするため、夜に集中して睡眠を取ることができない。だから、昼寝が不可欠になる。そしてそんなときに電話が鳴ったりするのは本当につらいことなのだ。
 だから、乳児を持つ主婦同士は、お互いにそれがわかるので、昼間、無神経に電話を鳴らしたりしない。そこで登場するのがメールだ。

メールはいい。音を消しておけば、昼寝から目を覚ました瞬間に、メールを確かめ、そして再び、昼寝をしているかもしれないママ友にメールを返すことができる。お互いに自由は無いに等しいのだからメールくらいは自由にさせて欲しい。

 けれど。
 育児中にメールばかりしていると太ってしまう。結婚前から考えたら、なんと7キロも太ってしまった! なんていうことは、インターネット上に無数に存在する主婦の情報交換サイトへ行ってみれば別に珍しい話でもなんでもない。だから安心して、みんなどんどん太ってしまう。
  そしてそんなサイトには必ず「ママ友募集中!」の掲示板がある。
「なんだみんな一緒ね」
 主婦はぐずるこどもを横抱きにしながら痛む腰をさすり微笑む。腰が痛いのはこどもが重いせいもあるけれど、おそらく急激に太ったことが原因でもある。
『こんにちは。ところでこどもがもうすぐ1歳になるんですけど、まだおっぱいを飲んでいるんです。どうすれば離乳食に完全移行できるでしょうか? こんなわたしですけどお友達募集中です!メールください』
『おっぱいなんて何歳まで飲んでいてもいいと思います。ぜひおっぱいが萎むまで何年でも飲ませてあげてください。そして新記録更新してください。わたしが知っている最高記録が6歳ですが、どうせなら20歳まで飲ませてあげたらどうでしょう?ところでこどもは男の子ですか?』
『ぜひお友達になりましょう! うちの子は男の子ですよ。わたしは何も楽しいことがありません。しょうがないので離乳食を半日かけて作りましたが、息子がそれを食べようとしません。腹が立ったので、ついつい大声で喚きながらこども用の椅子をぶち壊してしまいました。次は息子を殺しちゃうかも。こんなわたしは一体どうすればいいんでしょうか?』
『そんなの知らねえよ、クソブタ』
『答えにくい質問しちゃってごめんなさい。あっブタって言えば、わたしはこどもを産んでからとても太ってしまったんです。どうしたらいいんでしょうか? 毎日毎日たくさん食べちゃうんです。菓子パン10個は軽いです。今日は菓子パンを7個食べたあとお出かけして、スナック菓子と加糖のアイスコーヒー1・5リットル、それからキットカットお徳用を一袋買ってきちゃいました。キットカットって何でこんなにおいしんでしょうね? 今もバリバリ食べていますよ。でもね、こどもの離乳食は一生懸命作っていますよ。農薬を一切使わないっていう産地直送の野菜を毎月届けてもらっているんです。母親なら当たり前ですよね! ところで突然死ってミルクの子が多いってほんとですか? あはは、でもうちの子は完全母乳ですからね。ところで離乳食ってすごくまずくありませんか? だからわたしは毎日キットカットと菓子パン食べてるの~でもそうしたらもう太りすぎちゃって(笑)でも、最近、
最強の方法見つけました! えへへ、夜になったらウィスキーをボトル半分くらい飲んじゃうの。そうするとわたしの場合気持ち悪くなって大量に吐けるんです~。だから今はそんなにブタじゃないですよ、だって出産して20キロ太ったけどそこから13キロ痩せたんですもの』
『そんなこと知らねえっつーの。だからなんだって言うんだよ、クソブタ。あっそうだ、ほら、とても楽しい写真を添付してやるよ、自分の重みで死んだ世界一のデブだってさ。どうせならこれくらいまで太ったらどうなんだ。お前は何もかもが中途半端なんだ、死ぬまで中途半端なデブで生きるがいいよ、このクソメスブタめ。そんなことじゃどうせちゃんとした幼児虐待ママにもなれねえんだろうな』
『ありがとうございます。うわー、とっても楽しい写真ですね。ところで、わたし毎日寂しいんです。このあいだ夫の携帯電話にキャバクラ嬢からメールが入っていました。今度ふたりでディズニーランドへ行くんですって。腹も立つんですけど、それ以上にうらやましくって死にそうです。わたし、毎日毎日寂しいんです。一体どうしたらいいんでしょうか』
『バカかお前は? だったらお前もホストクラブにでも行って、ブサイクで売れてないホストの顔でも札束でひっぱたいて、ちやほやしてもらえ。ついでにセックスもしてもらったらどうだ? どうせ欲求不満なんだろう。お前みたいなデブでも、金さえ出せばセックスくらいしてもらえるだろ。お前はクソブタな上に欲求不満なのか、本当に最低な女だな』
『ホストクラブに行くお金なんかありません。それにセックスがしたいわけでもありません。わたしは寂しいんです。それだけなんです。本当はわたしもディズニーランドに行きたいんです。わたしはどうしたらいいんでしょうか?』
『死ねば』
『わー、メールと一緒にすごいお写真を添付していただいてありがとうございます。なんだかこのお写真を見ていたら、勇気が出てきました! ずいぶん血みどろでわかりにくいんですけど、この女の人の股間からにょっきりと出てるのは埋め込んだ首ですか? どうしたらこんなことになっちゃったんでしょうねえ(笑)わたし、これからもがんばります! ところで、今日はなんとベビーベッドを叩き壊しちゃいました。だって離乳食を食べてくれないんですもの。あと、最近すごく思うのは、一ヶ月に一度でいいから、一晩中起こされずに朝まで眠っていたいってことです。こどもの夜泣きって、いつまで続くんですか? あとそれから、どうしたらダイエットできるのかなあ。またメールくださいね、待ってます!』


2・ トーマス・ウエストランド・メール卿


「だからそういうことではなく、そのメール何が書いてあったのか、それだけが問題なのである。そのメールの提出をもしも拒むということであれば、極刑もやむえない。まぁ、それもよかろう。アーネットが斧を磨き明日の用意をしているようだ。今夜のうちに良く考え、メールをプリントアウトしたまえ。明日の朝、一番鳥が鳴くまでにメールが用意できなければ、お前は断頭台の露となるだろう」
 トーマス・ウエストランド・メール卿。
 青白い顔に、緑の目。おまけにその緑の目は真横についていやがる。
 トーマス・ウエストランド・メール卿は、口の端に笑みを浮かべると、牢獄を出て行った。
 扉が閉ざされると、辺りは暗闇となり、何も見えなくなった。地面も天井も、何もかも見えない。
 真の暗闇だった。
 死というのは、無が永遠に続くことだ。
 俺は総毛立った。
「待ってくれ、誰か俺の話を聞いてくれ。俺は死にたくない。少なくとも今、死にたくないんだ。メール? メールがどうしたって言うんだ。今度の日曜日、俺は六本木『ヘブン』のナンバー3、23歳の結衣ちゃんとディズニーランドへ行くんだ。その晩のホテルだってもう取ってある。俺はこの牢獄を出て、必ず結衣ちゃんとディズニーランドへ行ってみせる。俺はこのまま死にたくない。死にたくない」

「めえええええええええる」
 なんだ、あいつ羊蹄目だったのかよ。


3・ メールランド

 俺は今、生きている。
 彼女の小さな手を握りながら、俺は日本でも浦安でもない場所で、大声で叫びだしたいほどの気分だった。結衣ちゃんはかわいい。信じられないほど。そしてウェストが細い。出るところは出ていて、引っ込むべきところは引っ込んでいる。これが女ってもんだろう。
 23歳の結衣ちゃんは、六本木のキャバクラ「ヘブン」のナンバー3。ナンバー1じゃないところがいいよな。それほどガツガツ営業なんかかけてこない。完璧な美貌で、肌の色は抜けるように白い。足首なんか折れそうなくらい細いのに、太ももはほんのちょっとムッチリしていて、大人の成熟も感じられる。話だって面白い。「ヘブン」にいる間は、俺は本当に天国にいるような気分で、時のたつのを忘れてしまう。
  一番最初は、取引先の担当者に連れられていって、そこで結衣ちゃんと出会った。もともとそれほどキャバクラ通いなんてする柄じゃなかったのに、俺は結衣ちゃんに出会って、「運命の女」は本当にいるんだと確信できた。もうこんなことは、この先一生ないだろうと俺は思った。
 疲れた俺を励まそうと、やさしく微笑む結衣ちゃん。ちょっとハスキーな甘い声で、俺の話に興味深げに相槌を打つ結衣ちゃん。
 結衣ちゃんはキャバクラで働き始めて、まだ半年しか経っていないのだという。初々しい笑顔が、たまらない。
 初めて俺が、店でこっそりと手を握ったときの、結衣ちゃんのあの恥ずかしそうな笑顔・・・・俺は正に天にも昇る気持ちで、結衣ちゃんに店外デートを申し込んだのだった。

 それにくらべてあいつはなんだ?
 あのみっともない太りようは。
 俺はもともと、あんな女と結婚したくなんかなかったんだ。それなのにずうずうしく妊娠なんかしやがって。あいつに手を出した時、おれはどうかしてたんだ。ただ、溜まっていただけなんだ。
でも結衣ちゃんは違う。結衣ちゃんに対する気持ちは違う。
 俺は結衣ちゃんが欲しい。心の底から。
  もう夕暮れが近づいている。なんてきれいなんだろう。こんなきれいな夕暮れを見るのは、なんて久しぶりなんだろう。
恋なんて、俺にはもう訪れないのだと思っていた。いや、こんな思いはむしろ、生まれてはじめてかもしれない。
 地方都市とは名ばかりの田舎で生まれ、秀才の名を欲しいままにした俺。
 でも所詮田舎の秀才は東京の大学へ来ればただの人だ。
 遊び場も知らないし、車も持ってないし、狭いアパート暮らしで、バイトしてもいつも金が足りなくて。
 だからやっと大学を卒業して、名の通った商社に入れたときはうれしかった。
 都内の一等地にある社宅に入ることもできたし、これでやっと金回りも少しは良くなるだろうと思った矢先に。
 俺はヘンな派遣のブスに手を出してしまい、妊娠させ、結婚するはめになってしまった。。
 俺って本当にバカとしかいいようがないな。
 離婚したいけど、こどもが可哀想な気もする。こんな俺にとっても、自分の子はかわいいと感じる。
 これが俺の小さいところか。
 こどものためにも、きっと離婚はできないんだろうな、俺は。
ああでも結衣ちゃんはかわいいなあ。今は何も考えたくない。
 どこでキスしようか。今夜は一晩中愛し合いたい。

4・メール豚

『欲求不満のクソブタです。めちゃくちゃにしてもらいたいです。誰かメールください』
『初めまして可愛いクソブタちゃん、どんな風にいじめられたいのか言ってごらん』
『妊娠したいんです。中でたっぷり出してください。もっともっと醜いブタになりたいの』
『そうか、俺でいいならいつでも。どこでしてあげようか』
『あなたは優しい人ですね。ぜひお願いします。たくさんいじめてください。住所を教えます。東京都杉並区○○○・・・・・・・』
『そこへ行けばいいの』
『はい。来てください。お願いします。待ってます』


5・メール師


 絶対イタズラだろうな、とは思ったものの、それほど家から遠くなかったこともあって、俺はついつい車で杉並に向かってしまった。いくら日曜日で仕事が休みだからって、俺もヒマだなあ。 
 で、着いたところは何の変哲も無い普通のマンションだった。ひと昔前に流行った茶色いタイル張り、築15年というところか。
 さてと。4階だな。
 あったあった、407号室。 表札を見る。高田。最近は表札なんか出してない家も多いけどね。分譲なのかな。まぁまぁしっかりした作りのマンションだからな。
 結構、中も広そうだ。まぁでも3LDKとか、そんなもんだろうな。ファミリータイプってやつか。
 お。ドアの前にどう見ても男物の自転車が置いてある。
  やっぱりイタズラか......。
 まぁでも、子持ちだけどヒマをもてあました主婦っていう可能性も捨てがたいな。
  中には誰かいる様子だろうか。
廊下に面した、格子つきの窓を覗き込む。
 その瞬間、中からドスの効いた低い声が聞こえてきた。
「なんだよ、おっさん」
そして、いきなり、カーテンがばさっと開けられた。
(ヤバい)
 俺は焦った。
「あ、すみません・・・えーとこちらは・・・佐藤さんではないですよね・・・」
俺は必死にごまかそうとして適当なことを言った。咄嗟なのでついびくびくしてしまった。
「はぁ? 佐藤? 違いますけど。高田って表札、出てるでしょ。どうだっていいけど人の家を覗き込むのはやめてもらえないっすかね。黙ってりゃさっきからさぁ。気が散るんだよ」
カーテンが開けられたので、ついつい中を見てしまう。ドスの効いた声だったので一瞬ひるんだが、良く見るとそうそう悪くもなさそうな、ごく普通の、高校生くらいの少年だ。
 言葉遣いがよくないが、この年齢じゃこんなもんだろう。
 てっきり女でも連れ込んでいて機嫌が悪いのかと思いきや、机の上にはパソコンをはじめ、参考書やノートが広げられている。 どうも勉強中だったようだ。
「いや、ほんとすみません」
平身低頭で謝りながら、俺はふと、この少年には話をしても良いような気がした。どうせ暇に任せてここまで来たんだし、暇つぶしがてら、この少年にここに来た経緯を語ってみようか。俺は物好きにも、そんな風に思った。
「佐藤なんて、この階にはいないよ」
少年はぶっきらぼうに言い捨てる。でも、実はそれほど怒っているわけではなさそうだ。少年も家の中に一人きりのようだし、案外ヒマなのではないだろうか。
「あ、そうなんですか。ええと......。あ、今、時間はあるかな?」
「なんだよ。おっさん押し売りかなんかなの? 俺、金持ってないし未成年っすよ」
「違うんだ。実は・・・」
 俺は出会い系サイトのメールでここの住所を知ったことを少年に話した。少年は憮然とした様子で話を聞いていた。
 けれど、不思議なことに、それほど驚いた様子はなかった。
「・・・ってことなんだ。何か心当たりはないかな。いや、別にいいんだけど、あんな風にああいう場所へ住所がさらされるって、あんまりいいことじゃないだろうと思ってさ」
 少年は無表情で聞いていたけれど、話を聞き終わると口を開いた。
「スケベ心丸出しでやってきたおっさんに言われたくもないけどな。ふーん、出会い系ねえ。そのパターンは初めてだな。それ、相手はほんとに女?」
「メールだからわからないけどね。でも女だと思うな。なんとなく。不思議なんだけど、ネカマって感じはしなかった。俺、結構そのあたりの勘はいいんだ」
「ふーん。どうだっていいけど、おっさん出会い系にハマりすぎてんじゃない?」
「そんなことはほうっておいてくれよ。.......で、つかぬ事を聞くけど、ここ、賃貸? いや、もしかして、前の住人が、ってこともあるかなって」
「いや、分譲です。6年前に、かあちゃんが買ったもんです。中古だったと思うんだけど、もう6年もいるし、前の住人のことでなんかあったことはないですけどね」
「へえ、お母さんが?」
「俺の進学のために、東京に家があったほうがいいって。かあちゃんは出稼ぎに出たりで忙しかったんで、俺はここで中学のときからほとんど一人暮らししてるんですけどね」
「お父さんはいないの?」
「そういうのはいないです。生まれたときから」
 少年は屈託ない様子でそういった。
「そうか、君のお母さんは苦労してるんだなあ。出稼ぎっていうのも今時なんだか珍しいというか」
「なんかよく知らないっすけど、水商売みたいですよ。同じ店にずっとはいられないってことで全国を転々としているみたいですけど。遠くに行くこともあるけど、今は東京の店にいるみたいです。だから今はかあちゃんはここへ帰ってきてますよ。ま、苦労かけてるのは本当にそうだと思うんで、大学はなんとか国立に入りたいんですけどね」
「ふうん。偉いね、なんだか......」
「そうっすか? ま、そういうことなんでおっさん、もう帰ってくださいよ。俺は勉強しなくちゃなんないから」
「そうだね、帰るとするよ。日曜に勉強なんて君も大変だね。邪魔して悪かった」
「ははっ、ほんとそうですよ。うちのかあちゃんは、今日は仕事でディズニーランドに行ってるらしいですけど」
「へえっ、仕事でディズニーランド? そりゃまた。そういえば水商売って言ってたけど......。最近の客ってかなりの年でもそういうところに行きたがるのかなあ」
「かなりの年? ま、客は20代後半からじじいまで幅広いみたいですけど。今日のやつは30代じゃないかな。そんなこと言ってたし。そうそう、そういうやつらってたまに、わざわざ調べてここまで来ることがあるんですよ。興信所かなんか使うんですかね。俺を見て帰っちゃうヤツがほとんどだけど。まぁでも、俺のことまさか息子だとは思っていないみたいですけどね。なんだ男がいたのか、とか言って。そのあとは、かあちゃんが何かいろんな手を使って、二度とここへ来ないように細工するみたいだな。だからおっさんも、最初はその口かと思った」
「......は? ちなみにお母さんっていくつ?」
「今年30ですね。でも、店では23って言ってるらしいけど。まぁでも全身整形で、相当きれいっすよ」
「は? 30歳?で、23? え? 君は高校生なんじゃないの?」
「あはは。混乱しちゃいました? 俺、かあちゃんが14の時の子です。で、俺、かあちゃんが18になるまで施設で育ったんですよ。なんでもかあちゃんは少年院だか精神病院だかに入っていたらしくて。なんでも、強姦された仕返しに、その相手を殺しちゃったらしいんですよ。たぶんその強姦された相手っていうのが俺の父親なんじゃないかなあ。でも、産んでくれたんですよね、かあちゃん、俺のこと。で、俺が4歳の時に18歳のかあちゃんが迎えに来てくれて・・・・。なんだろ、俺もヒマなのかなあ、なんでおっさんにこんなに色々話してるんでしょうかね?」
「まぁでも俺、話しやすいってよく言われるよ。人徳かな? まぁでもびっくりしたよ......。すごい話だなあ」
「あのさ、ひとつ、当ててみせようか」
「なんだよ、いきなり」
「おっさん、教師でしょ。それも、そうだなあ、小学校かな」
「..........もしそうだったら、それがどうかしたのか?」
「別に。ただ、そう思っただけ。俺、割と勘がいいんだ。それに、俺も教師になろうと思っているからさ」
「そうなのか。がんばれよ。あ、あとさ、言っとくけど、俺は出会い系は大好きだけど、ロリコンじゃないんだ。成熟しまくった年増が大好きなんだ。お前、若い女が好きなら小学校はやめといたほうがいいぞ。最近の6年生はヤバいからな」
「バカじゃねえの、俺はおっさんみたいな変態じゃねえよ。ははっ、おっさん、どうだっていいけどPTAで問題起こすなよ?  何年後かわからないけど、そのうち職場で会おうぜ」


6・メールパレード


「きれいね」
 夜のパレードは刹那的で、流れていく光は恋に似ている。
 なんてエセ詩人な語りをしたくなるくらい、俺はロマンチックな気分に酔い痴れていた。
「君のほうがきれいだよ」
俺ってこんなセリフが言える人間だっけ? 地方都市の郊外で育った平凡な公務員の息子がさ。
 下克上、そして身分差別を廃するのはすべて恋の力だ。なんてウソばっかり。差別する心っていうのはいくら恋をしてもなくなんないもんだよな。ま、そんなことは、今はいいや。棚上げ。
 気分は盛り上がりまくり。人間は恋心をなくしたらもう死んじゃったようなもんだよ。
 違うか? 股間も破裂しそうだぜベイビー。こんなにやりたいのは高校生で溜まりまくってた時以来じゃないか?  
  俺は結衣ちゃんの腰に手を回し、顔を寄せる。キスまであと30秒。
 そのときだ。
 ブルンブルンブルン
 俺の胸ポケットで携帯が震えだした。そしてすぐに収まった。メールだ。 いいさこんなもの無視しよう。
 そう思って俺はさらに結衣ちゃんの腰に回した手に力を込めた。そして少し引き寄せる。結衣ちゃんのプルプルの唇が俺を誘う。ああもう、食いつきたい。
 するとまた。
 ブルンブルンブルン 
またメールだ。なんだってんだよ畜生。
  無視だ無視だ。
しかし。
ブルンブルンブルン
ブルンブルンブルン
携帯は何度も震え続けた。
なんだ? なんだよ? 何かあったのか?
さすがに不安になった俺は、右手を結衣ちゃんの腰に手を回したまま、左手で携帯の画面を見た。
メールが立て続けに5件入っていた。すべて、妻からのものだった。

『さようなら』
『さようなら』
『さようなら』
『さようなら』
『さようなら』

 俺が顔をしかめてメールをチェックしていると、頭上から、ポツッ、と水滴が落ちてきた。
「あ。雨」
 結衣ちゃんがつぶやく。
「行こう」
 俺は携帯をポケットに入れ、結衣ちゃんの手を握って走り出す。
 こんなメールなんかに、かまっている暇はない。

 お土産ショップの店先で雨宿りをする。これもまたオツなもんだ。今日は雨が降るって、天気予報は言ってたんだ。よくこれまで天気が持ったもんだよ。
雨に煙る石畳。浦安のはずなのに、なぜかヨーロッパな雰囲気。偽物? もちろんそんなことわかっているさ? でも、そういうことじゃないんだ。夢の国なんだからさ。
 雨脚が急に強くなってきた。参った、これじゃあしばらく動けないな。

 ところで、なんなんだ、あのメール。ふざけやがって。あの能無しのデブに一体何が出来るって言うんだ。あいつは家の中を這い蹲って便所掃除でもしていりゃあいいんだ。
「ねえ、便器の横におしっこ飛ばさないで。いくら掃除しても、匂いが染みちゃうし」
 トイレの床を拭きながら、豚が言う。膨れっ面で豚がしゃべればしゃべるほど、俺は耳を塞ぎたくなる。
 『はぁ? バカじゃねえの? 豚は便所掃除が仕事だろ?』
 何度も言ってやりたかったセリフ。
 俺は優しいから、黙っててやったんだよ。もう少しで足蹴にしたくなるところを我慢してさ。
 
「ゲリラ豪雨かな。最近多いね」
土砂降りの雨を見て、結衣ちゃんがつぶやく。 俺は結衣ちゃんのカンペキに整った横顔を見て、蕩けそうになっていた。
 どうして、こんなにきれいなんだろう?
そのとき。
 俺の目の端に、今一番見たくない、醜いものが入り込んできた。
信じがたい思いで、俺はそれを見た。
俺を射る様に見つめる視線。どしゃぶりの遊園地。その中に立つ不気味な親子連れ。
ぶよぶよと太ったみっともないデブが、抱っこ紐で赤ん坊を抱き、滝のような雨に打たれながら傘もささずに雨の中に立ち尽くしている。
妻だ。
 俺はさすがに動揺した。
「なんだ、お前、何しに来たんだよ」
「ずいぶん、探したのよ。広いんですもの、ここ」
「だから、何しに来たんだよ」
「わたしもここへ来たかったの。遊びたかったの。それだけよ。でも、生憎、雨が降っちゃったね」
妻は静かに言った。
 太った体に、安っぽい服が張り付き、余計に醜くなっている。子供を庇うように抱いているけれど、この雨じゃあまり意味はない。でも不思議と、赤ん坊は雨があたることを喜んでいるようで、笑っている。
「わたし、今日はここで遊んで行く。荷物も、家から運び出したし。今夜は、ここに泊まるの。だから、あとはもう、メールでね」
 まるでバケツをひっくり返したような雨が降る中、妻は俺に背を向けると、とぼとぼと歩き去っていった。
そして、俺が呆然としているうちに、いつの間にか結衣ちゃんも、俺の側からいなくなっていた。



エピローグ 「雨の夜、園庭で」


『梅雨に入りましたね!
洗濯物が乾きにくくて大変ですけど、うちの子は、なぜか雨の夜に園庭で遊ぶのが好きなんですよ!
わたしの仕事は残業が多くて、保育園にお迎えに行くのがついつい遅くなりがちで、かわいそうなんです。でも、そんなときは、夜の園庭で滑り台をしたり、ブランコをしたりするとご子供の機嫌が良くなるんですが、特に雨が降っていると、うちの子は大喜びで。傘なんかささないで、二人で雨の中びしょびしょになりながら遊ぶんです。
大雨の時なんか、わたしまで楽しくてすっきりしちゃいます!
雨の中で遊ぶの、すごくオススメです! 一度やってみるといいですよ!
ところでわたしは、以前はすごく太っていて、夫の浮気に悩んでいて、今は息子と二人で暮らしてとても幸せです。思い切って離婚して良かった! こんなわたしですけど、保育園のこどもがいるシングルママさんメールくださ~い! ぜひいろいろと情報交換しましょう!』

                                                      おわり




ブログ版あとがき

この短いちょっと変な形式の小説は、最初に詩があって、そこから書きました。
最初詩を書いたんですが、なんかむずむずとした「書き足りない感」があって、
あとは本能のままに、一気書きした記憶があります。

ただ、これは読む人に伝わるのかどうか、
そのへんは自分でも、何も考えませんでした。
ただただ、書きたいように書いただけです。

「なんだこれ!」という感じかもしれないですが、
こういうのもあるということで....
読んでいただけるとうれしいです。




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2014/08/12 (Tue) 08:56 | ケノーベル エージェント