(掌編小説))番外編「Merry Christmas Mr.ogata」

というわけで、クリスマスプレゼント企画です☆
先日発売になった「発情だけじゃダメですか?~恋に甘く縛られて~」の番外編をお届けしたいと思います。

特にネタバレはないかなと思いますが、本編をお読みになってから読んでいただけるとより楽しいかなと思います。
本編では、全くの脇役、こんな上司がいたら困るよなあ~というだけの存在として登場してくる50代のクリエイティブディレクター、尾形さんのお話です☆

それでは、どうぞお楽しみください☆



「Merry Christmas Mr.ogata」


 六本木にある会員制のバーで、尾形幸也(おがたゆきや)は水割りを前に煙草をふかし、のんびりと本を広げていた。
 最近、尾形はやる気がない。
 今年53歳になる尾形だが、明らかに40代の頃と違う自分を感じている。
(そろそろ、現場は卒業ってことか……)
 修羅場の大変さ、完成したときの喜び。そしてその作品が大当たりしたときの何ともいえない高揚感。すべてが、
(もう、何度もやったことだ)
 そんな想いに、つい吸い込まれてしまう。
 現在の部下である青木も富田も、優秀な奴らだ。厳しい就職戦線を勝ち抜き、その中でさらに難しいクリエイティブ職への試験を通り抜け、現場にきた者たちだ。それなりに頭も切れるし、センスもいい。が、尾形はそれだけでは飽き足らなかった。
 同期のひとりが人事部長になったのをいいことに、昨年、尾形は入社試験に試験官として潜り込んでみた。会社が送り込んでくる「クリエイティブ職」の社員たちに少々飽き飽きしていたということがある。ある意味、彼らは野心的すぎた。
(俺が欲しいのは、もっと違うところから、ぽーんと石を放り投げてくるようなやつなんだよな)
 見つかっても見つからなくてもまあいいやと思いながら参加した面接で、尾形は後藤莉子(ごとうりこ)を見つけた。
 娘よりひとつ年下なだけのはずだが、ずいぶん幼く見えた。でも、発言がいちいち面白くて、なんというか、光っていた。頭の出来はどうだろうと経歴を見てみると、有名なお嬢様学校の出とわかり、こんなところからこの業界に来るのは珍しいなとは思った。試験の結果を見るとけして成績は悪くない。特筆すべきは論文で、これが滅法面白かった。
 少し悩んだが、結果、尾形は後藤莉子を推した。会議の結果、採用になったときは久しぶりにうれしかった。
(その後藤莉子が、なあ)
 岡崎亮(おかざきりょう)とくっついたと知った時は、驚いたけれど妙に納得もした。亮のほうではどう思っているか知らないけれど、尾形は亮のことをわりと気に入っている。優秀で、力がある。センスもずば抜けている。顔がいいのはおまけみたいなものだが、さぞかしモテてきただろう。いけ好かない奴だが、実力があるのだから文句はない。たまに社内で衝突を起こしたりもしているようだが、若いときはあれくらいでいいじゃないかと思うところもある。どうせ男は早晩、落ち着いてくるのだから。
(ああいうやつに限って、決めるとなると早いからな。莉子ちゃんなら、俺も賛成だ)
 ぼんやり水割りを啜っていると、ふとバーテンダーと目が合った。馴染の男だが、あまり多くを語らないので気に入っている。それでいて客をリラックスさせてくれるのだ。そんな店は、最近はそう多くない。
「クリスマスですね」
「違うよ、天皇誕生日だよ」
「明日は、イブじゃないですか」
「そうだな」
 今の今まで、実はほぼ忘れていた。今年はプレゼントをねだってくる女もいないし、尾形には無関係なイベントになっていたからだ。
「あれ、やってくださいよ。今ちょうど、お客さんも馴染の人しかいませんし」
 バーテンダーの目線の先に、小さめのグランドピアノがあった。
「丸一年、弾いてないんだけどな」
 ふとその気になり、尾形は立ち上がった。周囲を見ると確かに常連しかいないようだ。殆どは男のひとり客。いろんな奴がいるのだろうが、ここではみな静かに飲むのが決まりだ。空気に似合う人間しかいないので、安心できた。
 尾形がピアノの前に座ると、場の空気がさらに静まった。なんとなくだけど、この瞬間を待たれていたような気がして、尾形は顔を上げ少し微笑んだ。さりげなく視線が集まってくる。
(指、動くといいけどな。まあ、いいか、失敗しても。ご愛嬌ってやつだよな)
 人前で演奏するときのコツは、ただひとつ。その場の誰よりもリラックスすることだ。
 さらりと指を落とすと最初のG♭maj7を鳴らす。昔買った楽譜に書いてあったコードだけで覚えているので、細かいところはかなり適当だ。曲は「Merry Christmas Mr.Lawrence」。よくある選曲だけど、別にいいだろう。
 演奏が終わると、静かで温かい拍手に包まれた。
 尾形は席に戻り、スマホを取り出した。さっき演奏中に、ポケットの中でブルンと震えたのを感じていたからだ。
(ん。絵梨からラインだ)
 ひとり娘の絵梨(えり)は、大学を卒業後弁護士になり、今はひとりで暮らしている。母が女優、父がクリエイティブディレクターというある意味やくざな環境で育ったので、逆にまっすぐ育ってしまったという感じだ。
 見ると、何やらペンギンのような動物が電話をしている画像のスタンプだった。
(なんだよこれ。電話寄越せってことか)
 尾形はちょうど火をつけてしまった煙草と灰皿を持って店の外に出た。絵梨に電話をする。すぐに出た。
「あ、お父さん、仕事中?」
「いや、今日はもう終わった」
「年末の予定、聞こうと思って。ほら、おばあちゃんが……」
「ああ、お前、一緒に行ってくれるか」
 金沢の実家で暮らしている母親の体調が良くない。もう半年ほど入院しているが、正月には退院してくるというので、親戚が集まることになっているのだ。
「うん、行くよ。おばあちゃんに会いたいもん」
「ありがとう。お前が来てくれればみんな喜ぶよ」
じゃあな、と電話を切りかけたが、尾形はふと話を続けた。
「そういえば明日はどうするんだ」
 絵梨は電話の向こうでふふっと笑った。
「さあて、どうでしょう」
「彼氏と過ごすのか? まあいいけどさ、あまり男に舐められるなよ」
「わたしが男に舐められるわけないじゃん。心配無用だよ。あ、お母さんはね、今日クリスマスしてるよ。明日仕事なんだって。ほら、例の彼氏と」
「そっか」
 まあ、それはどうだっていい。離婚に至ったのは尾形の浮気が原因だと報道されていたが、尾形は一切否定しなかった。良き妻良き母のイメージで売っていた妻だから、浮気報道は仕事に関わる大事だと知っていたからだ。尾形が悪いということにすれば、すべて丸く済んだのだし、妻の事務所にも重々頼まれた。でも、本当は……。まあでも尾形もけして無傷というわけではなかったし、お相子だと思っている。
「お父さんは明日ひとりかあ。でもね、大丈夫でしょ、ラブが一緒だから」
 離婚のときに娘が連れてきたのがマルチーズのラブだった。ペットサービスに散歩や世話などを頼んではいるが、それでもけっこう手間がかかる。はっきり言って犬など迷惑だったのだが、娘の善意を無駄にするわけにはいかない。
 迷惑だ、というのは、けして犬が嫌いだからではない。なんというか、尾形はこれでけっこう世話好きなのだ。かつては、家で全く家事も育児もやらない妻に代わってずいぶん娘の面倒をみてきた。家事はその気になればほぼアウトソーシングでなんとかなるが、育児はそういうわけにはいかない。他人には任せられない細かい手間がかかるものなのだ。それは娘が一番よく知っている。犬だって同じだ。細かい部分までよく見て、その上で可愛がってやらなきゃダメなのだ。
「まったく、なんで犬なんか連れてきたんだよ。おかげでけっこう大変なんだぜ」
 思わず尾形が愚痴りかけると、絵梨が電話の向こうでクスクス笑った。
「良かった、ちょうどいいじゃん。お父さんをひとりにしておくと、家にも帰らないでずぶずぶしちゃうでしょ。だからラブを押し付けたんだよ! わたしも時々ラブに会いに行くから、よろしくね!」
 電話が切れた。
 ゆっくりと煙草の火を消すと扉を開け、バーに戻った。クリスマスツリーが柔らかく放っている銀色の光が、尾形を再び迎えてくれた。
 


                                                                  おわり






それではみなさま、良いクリスマスを……。












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