(短編小説)名無しのパンダ

「名無しのパンダ」   (四百字詰め原稿用紙四十七枚)    
                      乃村 寧音(チアーヌ)




 捨て猫を拾ったんだ、と和田が言った。
「捨て猫?」
「そう。白黒のぶち。すごく可愛いよ」
「へえ、見たいな」
「じゃあ、見に来なよ」
 ちょうど飲んでいた場所が下北沢で、和田の家は豪徳寺だったので、少し酔いが回っていたわたしはそのままついていくことにした。電車はもう無かったので、和田はタクシーを拾って、わたしを先に乗せた。
 少し、じゃなくかなり酔いが回っていたらしく、わたしはタクシーの中で眠ってしまったらしい。だから、和田の部屋に入るまで、記憶は途切れ途切れだ。
 確かに、白黒のぶち猫を見たような気がする。目の周りが黒い、パンダ柄の。実家で昔飼っていた猫とよく似ていた。
とにかく喉が渇いていたので、水をもらって飲んだ。そして次に気がついたときにはすでに半裸で、ベッドの上に押し倒されていた。
「ちょっと、やめてよ」
「こんな時間に男の家までついてきて、今さら何言ってんだ」
 そう言われてしまうとひとことも無いような気がした。おまけに酔っぱらっていたし、どうせ明日は休みだし、眠かったので泊まって行きたかったし、それにまぁ、「どうしてもイヤ」というほどでも無かった。酔った頭での判断だけど。
 和田はどちらかというと、あまり女に興味がなさそうな草食系の、ほっそりとした華奢な男だった。だからなんとなく気を許してついてきてしまったのだけれど、どうやら草食系ではなくて、なんでも食べる元気な雑食系だったらしい。
 そんなわけで、その晩、わたしは和田の家に泊まった。

 目を覚ますと五時だった。飲み過ぎた日の次の朝は、喉が渇いて早く目覚めてしまう。わたしはそっと起き上がるとベッドルームを出て、キッチンで水を飲んだ。
 すると、足元に何かが絡まって来た。
「にゃあん」
 猫だ。小さな、白黒のぶち猫がわたしを見上げていた。
「なに? ごはんが欲しいの?」
 猫に向かってつぶやくと、周囲を見回した。すると、キッチンの隅に、猫の皿とキャットフードの缶詰が置いてあるのを見つけた。わたしは缶詰を開け、隣にあった水入れの水を取り替えた。
 裸のままで作業していたので、体がすっかり冷えてしまい、服を探しに戻った。今朝はそんなに冷え込んでいないけれど、もう十一月だから明け方はかなり寒い。寝室にはオイルヒーターが置いてあったからそんなに感じなかったけれど、キッチンは冷蔵庫のようだった。
 音を立てないように服を着た。和田は寝込んだままだった。そのほうが都合がいい。わたしはバッグを持つと、そうっと玄関の扉を開け、外に出た。

 へんにもともと仲が良かったりするとかえって面倒だけれど、わたしは和田のことをそんなに良く知らなかったし、向うもそうだと思うので割合に気が楽だった。それに、知らない男にナンパされていきなりホテルに行った経験こそ無いけれど、酔った勢いで知り合いと寝てしまったのは初めてではない。それのどこが違うのかと尋ねられると少し困ってしまうけれど、「どこの馬の骨かわからない」人間とするのはさすがにちょっと怖いけれど、「どこの馬の骨」かわかっていればある程度安心だという、それだけの違いだと思う。
とにかくわたしは、見ず知らずの男にナンパされてホテルに行くということはしないけれど、酔った勢いで知り合いとしてしまうことはごくたまにある、ということだ。彼氏はいないし、作らない方針なので、特に問題はない。
歩きながら、和田の家の猫を思い出していた。実家でずっと飼っていた猫と、本当によく似ていた。目の周りが黒いパンダ柄のぶち猫。最初に拾ったとき、ちょうどあれくらいの子猫だった。その猫が老衰で死んでしまったので、わたしは稲城市の実家を出たのだ。五年前のことだ。
 豪徳寺周辺はいまいちよく知らなかったので、駅までの道で少し迷ってしまった。ぶらぶら歩いているうちに、そういえば豪徳寺は招き猫で有名な寺だ、と思い出した。もしかしたらそんな事情もあるので、周辺に捨て猫が多いのかもしれない。
駅に到着すると、始発はもう出ていた。
 

 家に戻って寝ていると、枕元に置いてあった携帯が鳴った。見ると和田だった。
「はい」
「あ、筒井さん、今どこ?」
「家ですけど」
「あのさ、猫がいないんだけど」
「え?」
 わたしは体を起こした。
「俺、さっき起きたんだけどさ。猫がいないんだ。家の中は全部探したんだけど。何か心当たりない?」
「わたしは五時くらいに起きたんですけど、そのときはいましたよ」
「エサと水をやってくれたんだよね。ありがとう。で、その後のこと、何か知らない?」
「わからないです」
「玄関から出るとき、後ろ確認しながら出た?」
 はっとした。
「そういえば、見なかったかも」
 段々不安になってきた。
 猫を飼っていたからわかるのだけど、猫は足音を立てずに歩くし、ふとした拍子に、人間と一緒に外に出てしまうことがある。
 わたしはあのとき、眠くて少しぼんやりしていて、おまけにそっと部屋を出ることだけを考えていた。後ろなんか確認していない。
「もしかしたら、一緒に外に出ちゃったかな」
「そっか。窓は閉まっていたから、出たなら玄関からしかないんだ。きっと筒井さんと一緒に出ちゃったんだな。了解、外を探してみるよ」
「ほんとにごめんなさい。わたしもそっちに行きます」
「いいよ。寝てたんだろ」
「行きます」
 電話を切ると、わたしは慌てて着替えて外に出た。
 状況から考えて、わたしが逃がしてしまったのはほぼ確実だ。何かあったらどうしよう。わたしのせいだ。
 豪徳寺の駅につくと、和田に電話した。
「見つかりましたか?」
「いやまだ。マンションの周りは一通り探してみたけど、何しろ小さいから、よくわからないんだ。ところで筒井さん、今どこ」
「駅です、豪徳寺の」
「じゃあ、中のカフェで待っててよ。俺、朝メシまだなんだ」

 セルフサービスのカフェで、コーヒーとサンドイッチを頼んで席で待っていると、和田が間もなくやってきた。和田も同じ物をトレイに乗せていた。
「本当にすみません。どうしよう、どこを探したらいいかな。あの猫、いつから飼ってるんですか?」
「一週間くらい前かな。マンションの前で、足に絡まりついてきてさ。つい、拾っちゃったんだ」
「一週間かあ。それじゃ、まだ家のこと、あまりわかってないかもしれないですね。位置関係とか」
「そうなんだよな。大人の猫なら、自分から帰ってくるかもって気もするけど、あれくらい小さいと、たぶんまだ何もわかっていないからさ」
 和田がため息をついた。
「すみません、わたしが不注意だったばかりに」
「いや、俺も悪かったんだよ。すっかり寝込んでて、筒井さんが起きたことにも気がつかなかったんだから。それに、猫が扉から出ないように、玄関の手前に柵をつけとくとかしておけば良かったんだ」
 時計は、午前十時を回っていた。
「さて、もういっぺん探しにいくか。玄関の外に、エサを置いて来たんだ。来てるといいんだけど」
 わたしたちは立ち上がると、マンションの方角へ向かった。

 昨夜はすっかり酔っぱらっていたし、今朝はまだ薄暗かったので気がつかなかったのだが、和田の住むマンションは、ちょっと古いけれどなかなか立派だった。わたしと和田は周囲の植え込みやなんかを探しまわった。
 呼びかけてみようと思って、
「猫の名前は、何て言うんですか」
 と訊ねると、
「まだ決めてなかったんだ」
 という答えが返って来た。
 しょうがないので、わたしはただ手当たり次第に探してみるしかなかった。
 しばらく探しても手がかりはなかった。わたしたちはマンションの廊下や階段も見てみることにした。マンションは七階建てで、和田の部屋は五階だったので、一度最上階まで上がってあちこち見てから、和田の部屋の前へ戻った。部屋の前には、猫の皿と水が置いてあった。
「やっぱり、来てないな」
 猫の皿には、全く手をつけられていない、缶詰からあけたばかりの状態のエサが置いてあった。
「入ってよ。コーヒーでもいれるから」
 和田が玄関のドアを開けた。

 和田は勤め先の営業マンだ。わたしは二年前から派遣されて営業事務をしている。大手の不動産会社の賃貸部門だ。
 仕事にもすっかり慣れたし、居心地も悪く無いけれど、三月で契約が切れてしまうので、多分辞めることになるだろう。和田の家を気軽に訪れてしまったのは、なんとなくそんなことも頭にあったからだと思う。いくらわたしでも、勤め先でごちゃごちゃするのはあまり好きではないので。
 今の会社では、営業事務員ひとりで六人の営業マンを担当することになっている。和田はそのうちのひとりだ。
 不動産会社の営業マンというのはどいつもこいつも恐ろしく我侭なのだが、和田は割合に大人しいほうだ。でも営業成績はそんなに悪くない。あまり面倒なことを言ってくることもないので、わたしは和田のことは気に入っていた。とはいっても、あくまでも仕事仲間としての話なのだけれど。
 これまで個人的な話はほとんどしたことがなかった。飲み会等は何度かあったはずだけれど、同じ沿線に住んでいるというのも昨晩初めて知った。
 昨日は職場の送別会で、新宿で飲んだのだったが、一次会が終わったところで抜けて帰ろうとしたら、小田急線の各駅停車のホームで偶然和田と顔を合わせたのだった。和田はそのときすでに酔っていたのか珍しく饒舌で、わたしも酒のせいで気分が良く、なんだかんだと話しているうちに「なんか飲み足りないね」ということになり、二人で下北沢で降りたのだった。

 和田はちゃんと豆を挽いて、ゆっくりとコーヒーをいれてくれた。すごくいい香りがした。
「おいしい。さっき飲んだコーヒーよりずっとおいしい」
「あんなのと一緒にするなよ。俺、学生の頃ちゃんとした喫茶店でバイトしてたんだ。道具もそのときに揃えてさ」
「ふーん、本格的なんですね」
 わたしはそっと部屋の中を見回した。明るいので、昨夜や今朝とは全く違って見える。
 一人暮らしにしては広い。寝室と居間と広めのキッチン。キッチンには小さなダイニングテーブルが置いてある。2DKだ。小田急線豪徳寺駅から徒歩五分という立地条件から考えたら、かなり贅沢な物件ではないだろうか。世田谷線の山下駅も使えるし。
 まぁでも、不動産会社の営業マンたちはみな情報が早いので、やたらと条件の良い物件に住んでいるということはよくある。おそらく和田も上手くやったのだろう。
 やたらと広く感じるのは、あまり物がないせいかもしれない。そして、なんとなく整理されていないというか、家具が足りないような印象を受けた。
「何、見てるの」
「広いなあと思って」
「そうなんだよな。引っ越したいよ」
「どうしてですか? こんなにいい部屋なのに」
 実際、日当りもよくてとてもいい部屋だった。わたしなら、整理タンスをひとつ買って寝室に散らばっている衣類を片付けるだろう。あと不思議なのは、せっかくのダイニングに食器棚が無いことだった。そのせいか皿や鍋がばらばらに置かれ、妙にキッチン回りが乱雑になっている。
「そうなんだけど。広過ぎてなんか寂しいんだよな。ひとりならこんなに必要ないし」
「なら、最初からもっと狭いところにすれば良かったのに。場所も代々木とか、もっと都心に近いところのほうが会社にも近くて良かったんじゃないですか」
 わたしがそういうと、和田はちょっと言葉に詰まりながら言った。
「うーん、実はさ、先月まで彼女と二人で住んでたんだよね」
「ああ....なるほど」
 わたしは納得した。乱雑な部屋の理由もわかった。おそらく、彼女がいた頃は整理タンスも食器棚もあったのだろう。同棲の解消を機に彼女が買った家具は彼女が持って行ってしまったのだ。よくある話だ。
 なんだ、そうか。そういうことか。
 昨夜、和田が妙に饒舌だったのも、きっとそのせいなのだろう。思い返せば和田は、他の営業マンたちと一緒に合コンへ行くことも殆どなく、真面目な印象があった。草食系で大人しい雰囲気だったのも、彼女がいて満たされていたせいかもしれない。
「だからなんとなく、猫でもいればって思ったんだけどね」
「それはほんと…ごめんなさい」
 それについては謝るしかなかった。これからまた探してみるつもりだけれど、見つかる可能性は低いかもしれない。
「とりあえず、交番と保健所に届けないと」
 コーヒーを飲み終えると言った。
「そうだな」
「あと、わたし家に帰って張り紙を作ってきます。携帯で撮ったのとかでもいいから、猫の写真ありますか? それをこのへんの電柱に貼って…連絡先は、和田さんの携帯でいいですよね」
「張り紙なら、うちにもパソコンとプリンターがあるし、ここで作ればいい。そうだな、とりあえずやるだけやらないとな。俺、交番と保健所に行って来るよ。その間、ここで張り紙作って待ってて」
 和田が出て行ったあと、わたしは和田のパソコンを借りて張り紙を作った。この手の作業はお手の物だ。
 印刷まで、すべてが済んでしまっても和田は帰ってこなかった。それなら外をもう一回りして猫を探してみようと思ったけれど、よく考えたら鍵を持っていないので、勝手に部屋を空けられないことに気がついた。
 和田の部屋はオイルヒーターでほどよく暖まっているのでぼんやりしているとついつい眠くなってしまう。寝不足も祟っていたのか、いつのまにかわたしは眠ってしまっていた。

 遠くでドアが開く音を耳にしたと思ったら、キスされていた。わたしは目を開けた。
「あ、起きちゃった」
 和田が笑いながら言った。
 わたしは体を起こした。別に嫌な気分になったわけではないけれど、そろそろ帰ろうかなと思った。でもすぐにもう一度倒されてしまった。
「どうでした? 交番と保健所」
 なるべく普通の口調で訊いてやった。わたしはもう酔っていないし、これ以上和田といちゃいちゃするつもりはなかった。
「手がかりはなかったなあ」
 わたしから手を離しながら和田が言った。
「ごめん怒った?」
「いえ…」
「筒井さん、彼氏いるの?」
「いないです。あ、チラシできましたよ。そのへんに貼りながら帰りますね」
 わたしは立ち上がった。
「ちょっと待ってよ。今、昼メシ買って来たんだ。おにぎり、食べてってよ」
「わたしまだお腹空いてないから、いらないです」
「もうお昼だよ。俺、歩いて来たら小腹が空いちゃってさ。筒井さんも、ちょっとだけでも食べていきなよ」
 和田がキッチンへ行きお茶をいれてくれた。わたしは仕方無くダイニングテーブルについた。お茶はほうじ茶だった。これもまたおいしい。
「おいしいですね、このほうじ茶」
「あ、これほうじ茶じゃなくて棒茶って言うんだ」
「棒茶、って初めて聞きました。そんなのあるんですね」
「俺も知らなかったんだけど、金沢のお茶なんだってさ。彼女の実家が金沢で、いつも送ってもらってたから、こればかり飲んでたら癖になっちゃって。ほうじ茶よりちょっとすっきりしてる感じしない? 寒い時期はホットでおいしいし、夏は冷たいお茶にしてもいいんだ」
「ふーん」
 わたしは見ても飲んでもほうじ茶としか思えない「棒茶」なるお茶をついじっと見つめてしまった。確かにちょっとすっきりしているかもしれない。
「今日はなんか用事でもあるの」
「ないですけど…」
「じゃあ、慌てて帰らなくてもいいんじゃない」
「でも」
「俺、晩メシなにか作るからさ。今日も泊まっていけば?」
「それは無理です。明日は会社ですし」
 そう言うと、和田がふて腐れたように言った。
「冷たいなあ、筒井さん」
「そんなこと言われても。猫のことは申し訳なかったですけど…それじゃそろそろ失礼します。昨夜は酔っぱらっていて、今朝は猫を逃がしちゃうし、本当にすみませんでした」
「あ、うん、わかったよ。こっちこそごめんね、昨日は俺も酔っててさ」
 わたしはコートを羽織り、バッグとチラシを持つとドアを開けて外に出た。
「あ、待って。チラシ貼りながら駅まで行くんでしょ。俺も手伝うよ」
 断ろうかと思ったけれど、和田が慌てて靴を履いている様子をみたらちょっと気の毒な気もしてきて、一緒に出た。
 彼女がいなくなったことが、よほど堪えているのだろう。
 同棲はしたことがないけれど、一緒に住んでいた人間がいなくなったあとの喪失感ならわかる。わたしの場合は、いなくなった人間というのは母親なのだけれど。
 二人でマンション周囲の電信柱にチラシを貼りまくった。本当はダメなのかもしれないけれど、近所に住むひとたちに子猫がいなくなったことを知らせる方法はこれ以外に無いだろうという気がした。
 すべて貼り終えると、和田と一緒に駅まで歩いた。
「ねえ、これから渋谷に出て、映画でも見ない?」
 改札の前で和田が言った。
「だめですよ。猫が帰ってくるかもしれないじゃないですか」
 わたしが和田に背を向け、バッグをごそごそやりながら定期を探していると、背後で和田がぶつぶつ言い始めた。
「そっか、だめかあ。ねえ筒井さん、ここまで来てなんだけどさ、俺実は今すごく参ってて、やな気分なんだ。ひとりで猫を待つなんてさ…ほんとは今朝だって、何の断りもなしに筒井さんがいなくなったことに、それなりにショック受けてたんだぜ。おまけに筒井さん、猫、逃がしちゃうしさ」
「だからそれは、ごめんなさい…」
「こういう風に言うとまるで脅迫みたいで嫌なんだけどさ、でも、俺としては責任取ってもらいたい気分なんだけど」
「責任って?」
「家で一緒に、猫を待とうよ」
「でも、いつ見つかるかなんてわからないのに」
「そうだよ。だから、今から筒井さんの家に荷物取りに行こう。明日会社に着て行く服があればいいんだろ」
 わたしは思わず和田をじろじろと見てしまった。この人こんなに押しの強いタイプだったっけ? でも確かに営業成績は悪くない。どちらかというとしつこく食い下がるタイプなんだろうか。しかも、言っていることはしつこいのだけれど、口調は軽くて、あくまでも笑顔だ。わたしは困ってしまった。
 こちらに何も落ち度がなければ無視するだけで済む。でも今回は…。わたしはすっかり困ってしまった。
「でも」
「ひとりで猫を待つのなんか嫌だよ。いろいろ想像しちゃってさ。きっと気になって眠れないよ。筒井さん、頼むよ」
 そんなこと言われたって。でも、わたしもあの猫のことは気になっている。ひとりでいても眠れないかもしれない。わたしは頷いた。

 荷物を取って豪徳寺に戻ってくるともう夕方だった。わたしと和田はスーパーへ寄って、水炊きの材料を買って帰った。
 なんだか仲のいいカップルがやることみたいな気がしたけれど、冬場ということもあって鍋料理コーナーの食材が充実していたので、なんとなくそんな話の流れになってしまったのだ。それに、鍋なら調理の必要がないので楽でもあるし。
「ところで、土鍋はあるんですか?」
 そう訊ねると和田は頷いた。
「彼女が置いていったのがある」
わたしは和田の家に着くとさっさとその土鍋を棚から取り出し、水炊きの準備を始めた。
和田も手早くカセットコンロや酒の支度をしていた。おまけに和田は鍋奉行で、わたしは何ひとつ手を下すことなく鍋が出来上がっていくのを見ているだけで良かった。
 彼女が置いていったという、白地にピンク色の花が描かれたやたらと可愛いらしい土鍋で作った水炊きをつつきながら、わたしと和田は楽しく酒を飲んだ。そしてその晩もやはり色んなことがどうだってよくなってしまい、わたしは和田と抱き合いながら眠ってしまった。

 次の日も、その次の日も、わたしは和田の部屋から出勤し、和田の部屋に帰った。和田の部屋で最初の洗濯もした。このままズルズルするのはさすがに良くないなと思い始めた四日目、なんと猫が見つかった。
 張り紙を見た近所の住民から連絡が入ったのだ。小学生の娘が拾って来た子猫と良く似ているという。
 すぐに和田と二人でその家まで子猫を見に行き、和田が拾った猫だとわかって、お礼を言って引き取ってきた。
 子猫を拾ってくれたという小学校三年生の女の子は少し残念そうだったけれど、お母さんは子猫の飼い主が見つかってほっとしている様子だった。
 わたしの実家に猫が来たのも小学校三年生のときだ。学校帰りにわたしが拾ったのだ。母親がいなくなって、しばらく経った頃だった。
 その猫は十三年生きて死んだ。パンダ柄の、白黒のぶち。わたしは見つかった子猫を見つめた。ほんとうによく似ていた。
 猫が見つかったので、祖師谷のアパートに帰ることにした。このタイミングで帰らないと、帰れなくなってしまう。和田は急に寂しくなった男だからやたらとべたべたしてきて、それがなんだか気に障った。いつも思うことだけど、急に寂しくなった人間ほど扱いにくいものはない。彼女と別れたばかりと知っていたら、たぶんわたしは酔っぱらっていても和田とは寝なかっただろう。

 ただ、ちょっと困ったことは、ちょうどわたしにとって嫌な季節が近づいていたことだった。
 誰が決めたことか知らないけれど、十一月に入るとぼちぼち街の中がクリスマス仕様に変わり始める。この時期になると毎年、わたしは心底うんざりして、それだけでなくかなり不安定な気分になる。
 別にクリスマスだから彼が欲しいとか、ひとりぼっちに不幸を感じるとか、そういうことでは全く無い。わたしはただ、あの雰囲気を見るのも聞くのも嫌なのだ。
 しかしこの時期、東京で普通に働いて生活をするとなると、クリスマスのイルミネーションや雑貨を見ないで過ごすことは不可能だ。毎年、わたしはこの時期、大きな苦痛を感じながら過ごしている。
 この季節になると、外に出るのが嫌になる。テレビをつけるのも嫌になる。年末のセールをクリスマスセールと言うのはやめて欲しい。言葉を聞くのさえも嫌だ。
 普段は忘れていることを、どうしても思い出してしまうから。

 母親がいなくなったのは、十二月二十五日の朝だった。
 どうしてその日になったのかはわからないけれど、クリスマスイブを楽しみにしている子供が可哀想だから、とにかくそれだけは終えてから出て行こうと、そんな勝手な思い込みでそうしたのかもしれない。大人になった今はなんとなくそんな風に思う。
 でもそんなのは絶対に逆効果だ。
 母親のそんなバカな判断のおかげで、わたしは毎年この時期になるたびに、こんな気持ちになってしまうようになったのだから。どうせなら、なんでもない日に出て行ってくれれば良かったのだ。
 その年のクリスマスイブの晩は、とても楽しかった。
 母親の手できれいに飾り付けられた部屋の中で、テーブルに並んだごちそうとケーキを食べた後に、家族でボードゲームをした。
 今思えば、何も無いと夫婦の会話が保たないからということで用意されたのかもしれないけれど、両親とわたしとでボードゲームをするなんて初めてのことで、わたしは息が詰まるほどうれしく、夢中ではしゃぎまくった。親たちは演技だったかもしれないけれど、わたしは本気だった。
 その晩だけは、母親は手のかかる二歳の妹のほうに集中しないで、わたしの相手を多くしてくれた。妹が産まれてから、母親はわたしに構ってくれなくなっていた。赤ちゃんがいたのだから仕方が無いと今なら納得できるけれど、あの頃は母親にもっと構って欲しいと思っていた。だから母親が妹だけに構わず、わたしの相手をしてくれる、それだけでもわたしは興奮していた。
「さ、そろそろサンタさんが来るかもしれないから寝なさい」
 確かいつもの晩よりも、遅くまで起きていたと思う。母親も名残惜しかったのだろうか。
 わたしはサンタさんから貰うプレゼントのことを思い、言われた通りに布団に入って、枕元に来てくれた母親に頭を撫でてもらいながら寝た。まさかそれが最後になるなんて思わずに。
 二十五日の朝、目覚めると枕元にプレゼントが置いてあった。箱を開けてみると、大きなパンダのぬいぐるみが入っていた。わたしはそれを抱いて、母親がいるはずの階下へ降りた。するとそこには父親がひとりいて、慣れない手つきで朝食の支度をしていた。
「お母さんは?」
 そう言うと、父親はわたしの顔をろくに見ないで、
「お母さんは、新潟のおばあちゃんの具合が悪くなったので、美穂を連れてしばらく看病にいくことになった」
 と答えた。
 わたしは驚いた。昨夜のうちに、妹の美穂だけを連れて、母親が新潟のおばあちゃんのところに行ってしまったなんて。なぜわたしにそのことを言わなかったのか、そしていつ帰ってくるのか、いろいろ訊ねたのだが、父親はのらりくらりと答えをかわすだけだった。
 それでも、子供だったわたしはそういった言葉をとりあえず信じていたと思う。
 はっきりと、もう母親は帰って来ないとわかったのは、一年ほど経って父方の伯母がやってきて、大人同士でそんな話をしていたのを聞いたときだ。伯母は、そのとき父に縁談を持って来ていたのだった。
「裕美ちゃんのためにも」
 なんて伯母は言っていたが、もちろんそんなのはありがた迷惑だった。その時のお見合いでは決まらなかったけれど、結局、わたしが六年生のときに父は再婚をした。
 思春期だったこともあったのだろう、わたしは父の再婚そのものが気持ち悪いような気がして受け入れがたく、父の再婚相手という女も、妙に生々しく見えて嫌いだった。、
 女はわたしに気をつかってくれたけれど、父の手前そうしているのは見え見えで、わたしはなるべく避けて通っていた。そして女はうちに来てまもなく妊娠し、男の子を産んだ。
 祖父母も父も大喜びでその子を可愛がった。わたしは年の離れたその弟もあまり好きになれなかったし、一緒に遊ぶことも殆ど無かった。というよりも、父の後妻が毎日のようにべったりとくっつき、わたしなどが出る幕はなかったので、自然にそうなったのだ。そのせいか今も疎遠だ。
 家族の思い出は、あのクリスマスイブの晩になぜか凝縮されている。その前の何年か、そしてその後は、今となっては霞の彼方だ。だからなのか、あのイブの晩の楽しさだけが、別格となって残ってしまった。でもその楽しさも、その直後のクリスマスの朝の、嫌な思い出に直結している。
 本当にこの時期は最悪だ。
 もしも、『日本ではキリスト教徒以外のクリスマスを禁じる』という法案を出してくれる議員がいたら、例え他の主張がどんなにおかしくても、投票日に熱が四十度出ても、わたしは何がなんでも投票しに行くだろう。

 十二月に入った頃、わたしのブルーはピークに達していた。
 そんなとき、部署の忘年会が行われた。
わたしも結構飲んでいたけれど、和田はもっと飲んでいた。酔っぱらった和田を介抱しているうちに、不安定だったわたしはなんとなくそんな気分になり、タクシーで和田を家まで送って行ったついでに自分も上がり込んで、襲ってしまった。和田だって最初はわたしの寝こみを襲ったんだから、わたしだってこれくらいのことはしてもいいだろうと勝手に思った。
わたしはたぶん、少し酒乱なのだと思う。キッチンの床で眠りこけてしまいそうだった和田を何度か引っ叩いて無理やり起こし、着ていたスーツやズボン、ワイシャツを引きはがすように脱がせて馬乗りになった。ワイシャツのボタンが何個か弾け飛んでしまったが、そんなの構うことはないと思った。
「こら、ちゃんと起きろバカ」
「い、痛いよ筒井さん」
「男のくせに痛いとか言うな。ちょっとくらい我慢しろ」
「あ、ズボン、脱がすならちゃんと脱がせてよ」
「ごちゃごちゃうるさい」
「ごめん。がんばるから怒らないで」
和田は少し驚いていたけれど、体は正直に反応していた。飲みすぎて、相当に具合が悪かったみたいだけれど、なんとか男の役には立った。ほぼマグロと化していた和田は、わたしにやられるままになっていて、わりと可愛かった。

 次の日は休日だったので、結局泊まった。和田の部屋にはクリスマスを思わせるようなものが何ひとつ無かったので心地よかった。
 からりとした冬晴れの、爽やかな朝だった。目覚めると、午前十時を過ぎていた。
「猫にごはんあげていいですか?」
「いいよ」
 一緒に寝ていた猫が起き出して、キッチンへの扉をカリカリ引っ掻いていた。きっとお腹が空いているのだ。
 昨夜は暗かったのでよくわからなかったが、少し大きくなっていた。あれから半月ほどしか経っていないけれど、子猫の成長は早いのだろう。
「なんて名前にしたんですか?」
「猫の? ああ、まだ考えてなかった」
「えっ、まだ名前つけてないんですか」
「何も思いつかないんだ。考えるのも面倒でさ。筒井さん、何かいい名前ない?」
「うーん。じゃあ、パンダ」
「パンダ?」
「そう。白黒のぶちだから、パンダ」
「猫にパンダってつけちゃうの? ふうん。でもまあ、いいか。この猫、パンダ柄だしね。わかった、パンダにするよ」
 パンダというのは、実家で飼っていた猫の名前だった。名付けたのは、わたし。パンダは死ぬまで、わたしのパンダだった。世話をして、一緒に寝て、そして最後を看取った。
 裸のまま、猫が食べているところをぼんやり見ていると、不意に後ろから抱きしめられた。そしてそのまま、和田の両手がわたしの剥き出しの胸を優しく掴んだ。
「何やってるの。ベッドに戻ろうよ」
「えっ。もう、帰ろうかと思ってたのに」
「なんでだよ。昨日の夜はさんざん、やり放題してくれたのに。べつに急ぐこともないでしょ。昨日の夜は、俺やられっぱなしだったから、けっこう元気なんだよ。たっぷり寝たしさ」
 和田がわたしをベッドに転がして、すぐに正面から入って来た。
 続けて同じ男としていると、入りやすくなって、沸点が下がってくるように思う。あまり気が進まないまま体だけが慣れ親しんでしまうようで、嫌だなと思っているうちに、思いがけないほどすぐ、ずしんとした重い快感がのしかかってきた。喘ぎながら、思わず足をばたつかせた。
 和田はそのままキスしてきた。口を開いてしまうと体中が緩んでしまい、掴まるところが無くなった感じがして、耐えられなくなった。あ、落っこちちゃう。そう思った瞬間に体の奥が痙攣し、何か液体のようなものが流れ出てくるのがわかった。そして全身から力が抜けた。

 わたしはベッドから、和田が朝食を作っているところをぼんやりと眺めていた。
「なんていうかさ。どうやら俺、筒井さんと猫のおかげで、本調子に戻って来たっていうか、けっこう元気が出て来たみたいなんだ」
 そりゃあ良かったね、と思ったけれど当然、口には出さなかった。そして元気になってしまえば、本当は猫もわたしも、必要が無いのに違いない。寂しい気持ちを紛らわすためのツールに過ぎないのだから。
わたしたちは遅い朝食を採りはじめた。カリカリベーコンがおいしい。
「和田さんって、料理の手際がいいですよね」
 わたしがそう褒めると、和田は笑顔になった。
「そうかもね。彼女にずいぶん仕込まれたからさ。将来わたしと結婚するなら家事くらいやってくれないと困るって。….あ、ごめんね。彼女の話とかしないほうがいいのかな」
「あ、いいですよそういうことは気にしないで。彼女さん、忙しい人だったんですね」
 わたしはにこにこしながら話を促した。
「税理士になるっていって、税理士事務所に勤めながら、毎年試験を受けてたよ。でも、いつもあと一歩ってとこでひっかかっちゃってさ。それで何年も経つとちょっとぎくしゃくして来るところもあって、俺と一緒にいると勉強に集中できないからって、出てっちゃったんだ。まぁ、俺たちは大学のときの同級生だからさ、付き合いが長すぎたってこともあるんだろうな」
「長く一緒にいた人がいなくなったら寂しいですよね」
「ほんとにそう。なんか想像以上に落ち込んだよ」
「で、猫とか拾っちゃったり」
「そんなところ。ねえ筒井さん、一緒に住まない?」
「どうしてそうなるんですか?」
 話が急に飛ぶので、わたしはびっくりしてしまった。
「筒井さんといると、なんだか楽なんだよね。筒井さん、優しいし」
「優しくないでしょ。昨日、さんざん引っ叩いたのに」
 わたしは笑った。
 和田に悪気がないのは何度か寝ているうちによくわかったけれど、手当たり次第に猫を拾ったり、女に手を付けたりして、この人きっと先々困っちゃうだろうなと、わたしは他人事みたいに思った。
食事が終ると、コーヒーが出てきた。
「おいしい」
「一緒に住んだら、毎日飲めるよ」
「それはいいかも」
「じゃ決まりだな。今日、家から荷物取っておいでよ」
 別に、少しなら構わないのかもしれない。それにここにはパンダがいる。
「なんか冬ってさ、ひとりでいるの寂しくない? クリスマスなんかもあるしさ。まぁ、俺は男だからあまり関心ないけど」
 和田がコーヒーカップを持って、窓の外を眺めながら言う。和田の横顔は悪くない。清潔感がある。
 一冬の恋人、というのもいいかもしれない。
「クリスマスはわたしも関心無い…というか嫌いですね」
「へえ、女の子なのに珍しいね。わかった、昔、クリスマス直前に振られたりとかしたんだろ」
「そんなことないです。子供の頃から嫌いなんです」
「それはもっと珍しいな。変わってるね、筒井さんって」
 和田は笑いながら言った。
 わたしも笑った。「変わってるね」で受け流してくれる和田の軽さに。
「そう。だから、この時期に街を歩いたりとかするとほんとにうんざりしちゃいます」
「ふうん。それなら外なんか行かないで、俺と毎日、ここでいちゃいちゃしようよ。どうせクリスマス時期って、どこ行っても混むだけだしさ」
 いつの間にか側に来ていたパンダが、わたしの膝に登ってきた。和田は、拾ってきたのはいいけれど、もともと動物の世話はあまり好きじゃないらしく、遊んでやってもいないみたいで、パンダはわたしがいると、わたしの側にばかりやってくる。
「そうね。パンダも一緒に」
「ああ、パンダも一緒に」
 和田の腕が伸びて来て、わたしたちはキスをした。

 なんとなく予測していた通りというかなんというか、状況が簡単に変わったのは、和田の家で二週間くらい過ごした頃だった。
いつもわたしのほうが早く仕事が終わるので、食材の買い物をして帰ることが多かったのだけど、豪徳寺駅前のスーパーに入ったあたりで、和田が慌てたような声で電話をかけてきたのだった。
「筒井さん、今どこ?」
「駅前のスーパーですけど」
「あのさ、悪いんだけど、今日は祖師谷のほうへ帰ってくれないかな」
「ん、どうして? 何かあったんですか?」
「いや、なんかさ、彼女が残してた荷物を取りに来るとか言い出してさ、今日仕事帰りにうちに寄るって言うもんだから」
「ふうん。わかりました」
 わたしは電話を切ると、手に持っていた買い物カゴを戻した。そしてスーパーを出て、一旦駅に向かったのだけれど、ふと思いついて和田の家へと踵を返した。
 合鍵を持っているので入れる。わたしの荷物は衣類くらいしかないので、和田のスーツケースを勝手に借りて中に詰め込んで、持って帰ることにした。
 あの慌てた様子だと、和田は急いで帰って来て、彼女が来る前にわたしの荷物をどこかへ隠すつもりなんだろう。クリスマスまであと三日、彼女も勉強の息抜きがしたいのかもしれない。
 衣服を詰め込んだ後は、歯ブラシ、シャンプー、メイク落とし、ヘアドライヤー、そして枕と、荷物は案外たくさんあった。たった2週間いただけなのに、けっこうあるものだ。 
とにかく女がいた痕跡をすべて消して行かなければと思って、夢中で荷造りをしていると、足元にパンダがすり寄ってきた。まだ子猫なので、遊びたいのだ。夕方のこの時間、猫はやたらと活動的になる。子猫ならなおさらだ。さかんにじゃれついてくる。
「もう、邪魔しないで」
 わたしはじゃれついてくるパンダを邪険に振り払った。でも、子猫は振り払っても振り払っても、うれしそうに飛びかかってくる。まさか二度と、わたしがここへ戻らないつもりだとは思いもせずに。
 わたしはふと、あのイブの夜の母親を思い出した。喜び勇んでじゃれついてくる子供を、彼女はどう思っていたんだろうか。可哀想だから連れて行こうとは、思わなかったのだろうか。そう思ってもできない事情があったのだろうか。
 わたしは何度振り払ってもじゃれついてくるパンダを見つめた。似ているだけで違う、わたしのパンダじゃない。でも。
 部屋の隅に、猫用のキャリーがあったので、試しに扉をあけてみると、パンダはにゃあん、と鳴きながら入っていった。普通はキャリーを嫌がるはずなのに不思議だった。わたしは思わず笑ってしまった。この子は勘がいい。わたしとは大違いだ。
 よし、連れて行こう。
 不意にそう決心した。わたしはキャリーの扉を閉めた。
 よく考えたら、彼女が来れば用無しになるのはわたしもパンダも同様なのだった。和田は名前さえつけなかったではないか。名づけたのはわたしだ。別に、連れて行っても構わないだろう。もしも和田がまた寂しい気持ちになったとしたら、そのときは別な猫を拾えばいい。きっと、どの猫でも同じなんだろうと思うから。
ますます荷物が増えた。
 猫用のトイレ、缶詰、爪とぎ、おもちゃ、猫砂等々。
 わたしはタクシーを呼んだ。
 トランクにスーツケースと猫グッズを入れてもらい、パンダを抱えて座席に乗り込むと、なんだか不思議と落ち着いた気分になった。もしかしたらわたしは、最初からこうしたかったのかもしれない。和田が白黒のぶち猫を拾ったと聞いたときから。
 夕闇の中を、タクシーが走り出した。
 
 

                                    おわり



ブログ版あとがき

何度か書き直したり、手を入れたりして、最終的にこの形になりました。
後日談がついたパターンがあったり、ハッピーエンド?に近い形になったりしたこともあったけど、
やっぱりこのほうがすっきりだし、現実的だなって思います。
このお話を書くとき、夢物語を書くつもりは毛頭ありませんでした。男の子も女の子も、どこかいい加減で、でも崩れきってるというほどじゃなくて、それほど悪気もない。幸せでも不幸でもない、グレーな関係。
ありますよねえこういうこと、って思いますけどそうでもないですか?^^
わたしが想定した、読んでほしい読者さんっていうのは、やはりどこか不器用で、軽はずみなところもあって、男女関係に諦めはあるけど気持ちがささくれちゃったり。まーそんなどこにでもいる、ちょっぴりだらしない人(男女問わず)だったりしました。だってきっちりきちんとした人にはわかんないだろうと思ったから^^
そういう人が読んで、「なーんだみんな同じようなことやってんじゃん」って気持ちが慰められるようなことがあったらうれしいなと思って書きましたし、今もそう思ってます。

 
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