(掌編小説)GOING TO THE MOON


GOING TO THE MOON


乃村寧音(チアーヌ)


京の都、土御門大路を、八つか九つかくらいの男の子が辺りを見回しながら歩いておりました。
 そのうち男の子は、市の雑踏へと入り込みました。
 烏帽子に水干姿の男やら、市女笠に垂布の若い女、上総か常陸あたりから出て来たと思われる田舎者風の従者たち、それに片手の無い物乞いやら傀儡師のたぐい.....もう夕暮れに近くなっても人ごみは続いており、男の子はそれらを眺めながら市を通り過ぎました。
 男の子は童直衣姿で、色白で涼やかな目をしておりました。貴人の子にしか見えないこんな子が、供も連れずに市をうろうろしているなど、ありえないことです。普通ならばすぐに人さらいにあってしまうはずです。
 けれど市の人間たちは誰もその子に目を留めず、男の子も傀儡師の操る人形芝居の前で物珍しげに立ち止まったりなどしながら、ひとりきりで歩いているのでした。
 そのうち男の子は市を出てしまいました。辺りはだんだん暗くなっており、壊れた築土塀の間から犬や牛が出入りしているような廃邸や、いかにも物怪が出そうな、蔦葛に巻かれてしまった門柱の側を通り過ぎた頃、男の子はさすがに疲れてしまったのか溜め息をつきながら立ち止まりました。
「お母さまは、一体どこにいらっしゃるのかな」
 男の子は独り言をいい、そして再び歩き出しました。 
 男の子が次に立ち止まったのは、二条の辺りでした。この辺りの雰囲気はさっきとは全く違っており、立派な築土塀が長々と続いておりました。
 どうやらここは、今をときめく顕官の邸のようでありました。
 夜なので当然のことながら門は閉まっており、門番の侍もおりましたが、男の子はするりと通り抜け、中に入り込んでしまいました。門番は男の子に気がついた様子はありませんでした。良く見ると、男の子の体は透けて見えます。そう、この男の子はこの世のものではないのでした。
 辺りはもう真っ暗になっておりました。けれど、月明かりのおかげでいくらか邸内の様子がわかるのでした。高く聳える木々、前栽の花々、しっとりと繁った苔、澄んだ池に遣水。ここは、贅を尽くして整えられた邸だということがわかりました。男の子はその中を、音ひとつ立てずにどんどん中へと入り込んで行きました。
 男の子は妻戸をいくつも通り過ぎると、細殿に女たちが何人か眠っているところに出くわしました。この邸に勤める女房たちのようでした。男の子は、それらのものには目もくれず、踏み越えるようにしてさらに奥へ入って行くのでした。
 そのあたりで男の子はやっと、立ち止まりました。そこは邸の最奥、けして人目についてはならない女性の居場所でした。
 簾で囲まれた部屋らしきところから、薫物の香りがしてきました。それは貴婦人の香りでした。
 男の子はそうっと、中へ入りました。
 簾の中はさらに屏風と几帳で囲んであり、磨き立てて黒光りしている板敷きの上には低い寝台が置かれ、その上で紅の衣をかぶって、姫君が眠っておりました。
 枕元の髪箱には、つやつやとした豊かな黒髪が傷つかないように丁寧に巻かれてしまわれ、顔は白く、唇薄く、しっとりと切れ長の瞼、なんとも美しい姫君でありました。
 男の子は上気した顔で、姫君の顔を覗き込みました。何かを期待している目で。しかしその目はすぐに曇りました。
「違う、やっぱり違う。ぼくのお母さまじゃない.......」
 姫君は、まだ十三、四の少女に見えました。
 そのとき、眠っていた姫君がパッチリと目を開けました。そうしてすぐに体を起こしました。ほっそりとはしていますが、健康そうな物腰でありました。
「あなた、誰?」
 姫君は男の子の姿を一瞥し、言いました。男の子は驚いたような様子で、姫君を見つめました。
「ねえ、僕が見えるの?」
「見えるわよ。はっきりとね」
「びっくりした。だって今まで誰も、僕のこと見えなかったんだよ」
「そうでしょうね。だってあなたは物怪だもの」
 姫君がそう言うと、男の子はつらそうに目を伏せました。
「わかってるよ。僕だってまさか自分が物怪になるだなんて思ってもみなかったんだ」
 男の子の様子を見て、さすがに哀れに思ったのか、姫君は慰めるように言いました。
「大丈夫よ、あなたは悪い物怪には見えないわ。でもいつまでもこの邸でうろうろしてると、すぐに陰陽師の連中がやってきて、追い出されちゃうわよ。あいつら、物怪と見ればなんだって容赦しないんだから」
「はい。前にも他のお屋敷でそんなこと、された気がします。ぼくは、母君を探しているだけなのですが」
「あなた、お母さまを探しているの」
 それを聞いて、さすがに姫君は男の子を哀れに思ったのか、こう訊ねてくれたのでした。
「それはかわいそうね。よかったら事情を聞かせてくれない?」
 男の子は、久しぶりに誰かと話ができる喜びを全身に漲らせて話をはじめました。
「僕の母君は、僕を産んですぐにみまかられたんです。でも僕はいつも、母君がそばにいることを感じていたのです。だから、ぼくが八つのときに、病にかかり死んでしまうときにも、これで母君にお会いできると思い、まったく怖い思いなどしませんでした。それなのに、いざ死んでみたら、母君はどこにもいなくて」
「ふうん」
「そんなわけで、ぼくはずっと母君を探しているんです」
 男の子は溜め息をつきました。
「どうしてなのでしょうね」
「さあ、よくわからないけど.....そうねえ、もしかしたらわたしも協力できるかもしれないし、手伝ってあげてもいいわよ」
「ありがとうございます!」
 男の子はうれしそうに叫びました。
「じゃあ、ちょっと引っ張って。あんたみたいな物怪が引っ張ってくれたら、わたし、この体から抜けられるから」
 姫君は男の子に手を差し出しました。男の子はちょっと戸惑いながらも、姫君の指先を握り、そうっと引っ張ってみた。すると。にょろり、という感触がして、姫君が二人になりました。
「ほら、抜けられたわ」
 姫君はにっこりと微笑みました。
 微笑んでいる姫君は、ちょっと透けていました。そう、男の子と同じように。そして姫君の透けていない本当の体は、目を閉じて、元の通りに寝台へ横になっているのでした。
「さあ、行きましょう。あなたのお母さまを探しに」
 男の子はうなずき、二人はまるで転がるような早さで邸内を駆け抜け、背丈の何倍もある巨大な門の、ほんの少しの隙間からぐにゃりと滑り出たのでした。
「ああ、外の空気は久しぶりだわ。それに、なんてきれいな月」
 姫君は気持ち良さそうに空を見上げながら伸びをしました。
「ほんとうに良い月だね。まんまるだ」
「わたし、外に出る夜はいつもこんな月が出ているわ。この月があったから、あなたのことも見えたのかしら」
 姫君は独り言のようにつぶやきました。
「本当に、いいの? あなたはこのお屋敷のお姫様でしょう?」
 男の子はちょっと済まなそうに言いました。けれど、口調はうきうきとうれしそうです。そして姫君も負けじとうきうきしているのでした。
「大丈夫よ一晩くらいなら。それにわたしの体はあの暗い部屋でぐっすり眠っているのだもの。何しろ普段は、お庭を見たくても、端近に出るのさえもダメだって女房たちに叱られるのよ。そんなわけだから、こうやってたまに、外に出るのはわたしにとって大事な息抜きなのよ。だから、あなたみたいな可愛い物怪は大好き。わたしね、良くできる陰陽師は、みんな難癖をつけて出入り禁止にしちゃうの。だから今、邸にいるのは、どちらかといえばいまいちなやつらばかり」
「そうか、だからあなたの家は入りやすかったんだ。いつもはね、ああいう立派なお屋敷は入りにくいんだ。隙間が無くってさ。ところで、あなたの父君はどういう方なの?」
「右大臣よ。そして、わたしは四の姫。これでも美しくてかしこいって都じゃ評判....らしいけど、それはお父様が流してるデマだわね。そして嘘っぱちの噂が効を奏して、わたしは来月、主上のところへ入内するのよ」
「別にデマじゃないと思うよ。あなたはとてもきれいだもの。そうか、ふうん、あなたは入内するのか」
 男の子はちょっとまぶしいものを見るような目でお姫様を眺めました。
「それじゃあ、あなたは女御さまになるんだ」
「そういうことね。弘徽殿へ入るの」
「ふうん、今の右大臣さまというのは、ずいぶん勢力のある方なんだね。じゃああなたは皇子さまさえ生めば、皇后間違いなしだ。ぼくの姉様も、入内したんだけど、梨壷でさ。弘徽殿の女御さまとはとても張り合えないって、実家へ帰って来るたび愚痴っていたよ」
「そう。いいことを聞いたわ。あんたの姉さんは、梨壷の女御さまだったのね。で、それ、いつの話?」
 男の子は姫君に訊ねられたことを、立ち止まってしばらく考えていた様子でしたけれど、結局、
「.......わからない」
と小さく答えました。
「ふうん」
 お姫様は小さくうなずき、二人は裸足のままぺたぺたと都の大路を歩いておりました。
 夜になれば、物怪どころか、盗賊も多く跋扈すると言われているので、見たところ誰もおらず、二人だけが白い玉のようにぼんやりと光ながら、行く当てもなくふらりふらりとしているのでした。
 けれど、二人は楽しさのあまり夢中になっておりました。姫君は、ひさしぶりの外の空気に、男の子は、ひさしぶりに誰かと話ができることに。
「ぼくね、物怪になって良かったことが、ひとつだけあるよ。それはこんな風に、外を歩き回れること」
「そうでしょうね。あなただって、まだ体がちゃんとあるときに、そうそうそこらへんをほっつき歩いたりできる身分じゃなかったと思うわ。その直衣だって、なかなか良いものですもの。いつの御代か知らないけど、右大臣か左大臣か.....または案外、宮様の子かもしれないわね。お姉様が梨壷の女御さまだったんだから」
「なんだかもう、そういったことは覚えていないんです。だって、あなたの話を聞いて、はじめて姉が梨壷に入られたことを思い出したんですよ」
「そうなのよねえ、物怪って、みんなあまり自分のこと覚えていないのよ。生きていたときのこと、ちょっとずつ忘れちゃうらしいのよね。困っちゃう。お母様、見つかるといいけど」
 お姫様が溜め息をつきました。
「そういえばさっき、協力してくれるって、言いましたよね。何か、方法があるんですか? ぼくのお母様が見つかるような」
「さあ、よくわからないわ。協力するつもりだけど、あなた何も覚えていないんだもん」
「いいかげんな人だなあ」
 男の子は呆れたように言いましたけれど、怒っているような様子はありませんでした。
「ごめんね。わたし、ちょっと外に出たかっただけかもしれないわ」
「いいですよ、別に。こうやって、誰かと話せれば、それだけでぼくもうれしいですから」
 ふたりがのんびり歩いていると、不意に目の前に、ぬうっと烏天狗が現れました。夜、都の大路をほっつき歩いたりすれば、この世ならぬものに出会うのはよくあることとされています。
 暗闇の中でさらに真っ黒な烏天狗は、修験者の格好をしているものの、顔は烏そのもの。初めて見れば、やはり驚きます。
「うわっ」
 男の子は後ずさりました。
「なんだ、お前ら」
 烏天狗はうさんくさいものを見るような目で二人を眺めました。
「ひとりは物怪になった人間のようだが、もうひとりはそうではないな。それにしても二人とも、ずいぶん良い身なりだ」
 姫君は烏天狗を一瞥し、
「そうよ、わたしの体はまだちゃんとあるわ。あんたには関係ないわ」
 と、きつい口調で言い返しました。
 烏天狗は少々驚いた様子で、
「ありゃりゃ。きれいな顔をして、こりゃまたずいぶん気の強い」
 と、位負けした様子で言いました。
「こ、この方は、右大臣家の四の君で、来月は入内なさるんだぞ」
 男の子も少々怯えながらも、烏天狗に言いました。
「ほう、そうなのか。しかし、そんな深窓の姫君が、またどうしてこんなところをうろうろしているんだ」
 烏天狗の疑問は尤もでありました。
「別に、理由なんかないわ。わたしだってたまには外に出たいのよ。わたしは物怪の力を借りなければ外には出られないし、入内してしまったら、あそこには物怪が入り込むことはほとんどできないから、もうこんな機会も無くなるのよ。放っておいて欲しいわ。それよりも」
 姫君は急に笑顔になり、言いました。
「そうそう。いいところであなたに会ったわ。あのね、この子の母君を探してもらえないかしら」
「へ?」
 烏天狗は、ちょっと戸惑っているような様子でした。
「ちょっかいを出しただけのつもりだったのに、なにやら、面倒なことになっちまったなぁ......」
「わたしにできることだったら、なんでもお礼するわ。ねえ、お願い」
「ま、今夜はいい月夜だしな。変わったお姫様の頼みを聞いてやるくらいいいか。よしわかった、仲間にいろいろと聞いてみるよ。ところで姫君と坊やは、これからどこへ行くつもりだ? お前たちの居場所がわからないと、せっかく母君を捜し出してもどこへ伝えにいったらいいかわからない」
「そうねえ。じゃ、法成寺へ行っているわ」
「そうか。あそこは広いぞ。それなら、阿弥陀如来のところにいてくれ」
 烏天狗はそう言うと、背中にある大きな黒い羽根を広げ、月夜の空へ向かって飛び立って行ってしまいました。
 
 姫君と男の子は、法成寺へと到着しました。
 中に入ると、そこはまるで夢の世界でした。生まれてからこれまで、姫君は数えるほどしか外に出たことがありません。
 噂に高い法成寺には、姫君ははじめて訪れました。
「美しい寺だね」
 男の子も辺りを見回しながらしきりに感心しています。
 二人は、東の五大堂から入り、西の橋を渡り、阿弥陀堂へと入りました。
 それらの建物はみな大変豪奢で美しく、庭の造りも見事でした。
 阿弥陀堂へ入ると、月明かりに照らされ、周りを囲むように置かれている九体の阿弥陀如来像が目に入りました。
 二人はその像ひとつひとつに、手を合わせて拝みました。
「お母さまが見つかりますように」
 男の子がつぶやくと、姫君は隣で、
「この子が、ちゃんと成仏できますように」
 と言いました。
 男の子は、はっとしたように姫君を見ました。
「それ、ぼくのこと?」
「そうよ」
「ぼく、成仏してないの?」
「してないから、物怪なんじゃない。迷ってるのよあなたは」
「そうなのか」
 男の子はしゅんとしてしまいました。
「落ち込むことないわ。きっと大丈夫よ」
 姫君は慰めました。そうして二人は阿弥陀堂の真ん中に座り、烏天狗を待ちました。
 静かな夜です。
 八歳の男の子と、十三歳の姫君は、まるで姉と弟のように、じゃれ合い、ふざけ合いました。
「あなたはほんとうにきれいな姫君だね。あなたが入内したら、主上もさぞかしお喜びだろうな」
「さあ、どうかしらね。主上はもう二十七歳におなりになっていて、東宮時代からの愛人が大勢いらっしゃるのよ。でもご身分の軽い方が多いから、わたしのようなものも召したいのだと思うわ。だから別に、わたしの入内を楽しみになさっているわけではないのよ。それにわたしだって」
 姫君は少し笑いながら、
「別に楽しみにしてるわけじゃないわ。本当はね、寺にでも入って、尼になりたいの。そうしたら、毎日物怪たちと遊んだりできるでしょう。あなたみたいな」
「そんなことを言ってはだめですよ。今上帝の第一の妃に立とうという方が」
 男の子はまるで分別のある大人のように重々しく言い、でもすぐに口調が崩れ、
「.....でも本当はぼくも、そのほうがいいな。あなたみたいな尼君がいてくれたら、どんなに楽しいだろう」
 と言い、にっこりと笑いました。
「わたし、主上がお年上じゃなくて、あなたくらいの年の男の子だったらどんなにいいかと思うわ。そうしたら、きっと入内しても楽しいでしょうね。一緒に絵を見たり、お話したり.....」
 姫君がそう言うと、男の子は少しの間姫君を見つめ、不意に姫君の手を取りました。
「そうですね。そうしたら、どんなに楽しかったでしょう」
「うふふ」
 姫君も笑い、少しの間、二人は寄り添いました。
 すると、急に月明かりが曇りました。見ると、烏天狗が大きな翼を広げ、月の光を遮っているのでした。
「ねえ、暗いわよ」
 姫君は文句を言いました。
「はあ、まったく、こんなに急いで調べて来たっていうのに、ねぎらいの言葉もなしか」
 烏天狗はブツブツ言いながら降りて来ました。
「それで、どう?」
「うん。仲間にいろいろと聞いてみたが、この子の母親はもうとっくに浄土へ行っているらしいよ」
「っていうことは、この子は、母君に会えないの?」
「そうだねえ。おそらく無理だろうね。浄土へ行っちまったら、この世のことは遠い昔さ。会えるかもしれないけど、もうお互いにわかりゃしないよ」
「ああ、お母さまと、もうお会いできないなんて」
 話をきいているうちにたまらなくなったのか、とうとう男の子は泣き始めました。しかし姫君にも、どうしてやることもできないのです。
 でも姫君はほんとうは、そんなことだろうと思っていた部分もあるのでした。
「ねえ、これはもうしょうがないわ。あんたは、母君が無事に浄土へ行かれたことを喜んであげなくては」
「そうですね...それはわかっているのですが、でも、ぼくは、寂しいのです」
 烏天狗はお手上げだと言うように、姫君に目で合図しました。
「困ったわねえ。どうしたら寂しくなくなるかしら」
 姫君がそう言うと、周りを囲んでいる九体の阿弥陀如来像が、不意にゆらりと動きはじめ、二人のほうへ歩み寄って来ました。
「あら」
 姫君は驚き、その様子を眺めました。そうして、大変ありがたいことなので、一心に手を合わせました。
「このお子は、寂しいとな」
「まだお小さいのに、迷っているとは哀れ」
「さあ、お手をこちらへ」
 九体の像は口々に、男の子に向かって語りかけます。
 男の子は泣くのをやめ、しばらく阿弥陀様方を眺めていましたが、烏天狗が横から、
「良かったじゃないか。阿弥陀様に連れてってもらえよ、浄土にさ」
 などとけしかけるので、とうとう手を伸ばしました。
 すると、天からするすると、九本の紐が降りて来て、阿弥陀如来像は満足げに、その紐を束にし、男の子に握らせました。
 姫君はその様子を眺めながら、そっと話しかけました。
「どう、もう寂しくない?」
「うん.....どうしてなのかわからないけれど、さっきよりましになったよ。でも、最後に、あなたにお願いがあるよ。抱きしめてもらえないかな。まるであなたは、わたしの姉君のような、母君のような気がされるから」
 もうお別れのような気がされましたので、姫君のほうも、なんだか急に寂しい気持ちになってしまいました。姫君は男の子をしっかりと抱きしめ、頬と頬をすりあわせました。
「ありがとう。ぼく、もう大丈夫だよ。あなたも、どうか立派なお后さまになってね」
「そうね。あまり気が進まないけど」
「そんなこと、言わずにさ」
「それじゃあね、さようなら」
 最後は、姫君は男の子からあっさりと離れ、送り出しました。
 男の子は下りて来た紐に捕まって、天空へと吸い込まれてゆき、やがて見えなくなってしまいました。
 そしてふと気がつくと、九体の阿弥陀如来像も、すでに何ごとも無かったようにもとの場所へと戻っているのでした。
「さて、お姫様。あんたも帰らないと」
 烏天狗が表情の無い顔で言いました。
 姫君は満足気なため息をつき、烏天狗におぶさりました。
 そうして姫君は烏天狗の背中に乗って、月へ向かってどこまでも昇って行きました。



                                おわり


ブログ版あとがき

この小説は、とにかく平安時代物が書きたい! でもいきなり書くのは難しそうだからまずは習作を書こうと思って、挑戦してみたものです。
わたしは古典が好きで、特に、源氏物語や伊勢物語、更級日記、蜻蛉日記、等々がお気に入りでして、
ほんと読んでいて、気持ちが落ち着くジャンルなんです。
でも、自分で書くのは難しそうだなあというイメージもあり、でも書いてみたくて....
こんな作品に仕上がりました^^
少年少女の恋物語のイメージもありましたが、生々しいものにはしたくなくて、こんな風に書いてしまいました。
平安時代物.....機会があれば、また書いてみたいです。
タイトルが英語なのは、なんでかなあ、なんとなくですね☆
月に行くイメージと、あと、カジュアルな感じにしてみたかったんです。

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